2人が一緒になったワケ。 ―つづき。―
が目を覚ましたのは夜だった。
「んー…えーと…」
は一瞬、自分がどういう状況下に置かれているのかわからなかった。
何だか長いこと眠っていた気がする。しかも自分の知らないベッドの上だ。
ちょっとばかりしてからは自分があちこちを安全ピンで留めたトレーナーを着ている事に気がついて、
そこからズルズルと遡って何があったのかを思い出した。
ということは…
は顔が熱くなってくるのを感じる。
私は忍足さんちで図々しくも寝ちゃった、と。
「ってゆーか、今何時?!」
は思わず跳ね起きた。
まずい。こんな時間まで人様の家で惰眠を貪ってたなんて、彼女の従兄に知れたらまた『この恥晒しが』と
なじられてしまう。
従兄どころか、伯父や伯母が何と言うか…想像するだに恐ろしい。
は慌ててベッドから出ようとした、が。
「何や、起きたんか、ちゃん。」
「おっ…忍足さん…」
どういう訳か、ベッドの側に座り込んでいた忍足に手を取られては動けない。
「あ、あのっ…」
「そない慌てんでも。えーやん、今日くらい帰らんでも。」
「で、でも…」
「どうせ帰りたないからあんな雨ん中フラフラしてたんやろ?」
う゛っ!!!
それを言われるとにとっては手痛いものがある。
「でも…忍足さん…家の人が…」
「どーせ今日は誰も帰ってこぉへんし。」
「ふぇっ?!」
は硬直した。
忍足の目はどうやら嘘を言ってはいないようだ。
「寂しいねん、一緒にいたってぇな。」
「えーと…」
がマゴマゴしていると忍足はその肩をポンと叩いた。
「決まりな。そーやちゃん、腹減ってるやろ?一緒に下降りよ、何か作るから。」
「いえ、あの…どーかお構いなく…」
しかし、のお腹は非常に正直だった。
ぐ〜きゅるきゅるきゅる
「急がんとな。」
忍足がクスクス笑ったので、は恥ずかしくて顔が上げられなくなった。
お言葉に甘える覚悟(?)を決めたわりには本日何度目かの『いいのだろうか』を脳裏に表示しつつは忍足が作ってくれた味噌汁をすすっていた。
妙な感じだった。
いつもならとっくに家に帰って、あのだだっ広い食堂に座って見下したような視線で彼女を見る従兄と一言の会話もなく顔を突き合わせているのに、
今は従兄の同級生の家にお邪魔し、その人と普段接するよりずっと近い距離で夕飯を頂いているのだから。
ちなみに当の忍足はというと、そんなを向かい側の席から何やら楽しそうに眺めている。
「ちゃんて物食べてる時、メッチャ幸せそーやな。」
「そーですか…?」
「美味いか?」
「はい…」
が言えば、彼は満足そうな顔をしての頭をポフポフと叩く。
「ホンマええ子やな、ちゃんは。」
「あ、どうもです…でもいっつも出来が悪いって…怒られてばっかりで…」
「ほっとけや、あいつの言うことなんか。」
ここで急に忍足の顔がドアップになったので、は危うく味噌汁のお椀を取り落とすという失態をやらかすところだった。
「俺は、」
忍足はの目を見つめてゆっくりと言った。
「ちゃんが好きやねんから。」
「忍足さん…」
味噌汁のお椀をそぉっと傍らに置きながらは呟く。
「あ、あの…私…」
「ん?」
ドギマギしてロクに物が言えないを忍足は優しく見つめて、彼女に先を促す。
「その…忍足さんに…そこまで言ってもらえて…ホントに…嬉しいです…
だから…えーと…私なんぞでよければ…」
自分は何を口走っているんだろうか、と思いながらはだんだん体をキュッと縮こまらせる。
だがしかし、が思うほど目の前の先輩は彼女の言動に疑問を抱いた様子がなかった。
「せやから最初から言うてるやろ。俺はちゃんがええんや、ってゆーかちゃんやないとアカンねん。」
しれっとした調子で彼は言うと、から離れて自分も味噌汁をすすった。
「冷めるで。」
「あ、はい…」
それからは忍足と他愛のない話をしながらちょっと遅めの夕飯を頂き、その後は一緒にTVを見たりなんぞして過ごした。
いつも従兄といる時とは違って、何だかあったかい感じがするなぁ、と思いながら。
結局、を自分の家に留め置いてしまった忍足だが、罪の意識なんちゅーものは欠片も持っていなかった。
後でが怒られるとか彼女の従兄はともかくとしても、保護者の方が心配するとか色々あるハズなのだが
そんなことを考える隙間など、今の彼の頭の中には存在しない。
何を考えたところで、『ええやないか、別に。』となってしまう。
もしがこのことを知って、しかも関西弁を知っていたなら『ようないっ!!(よくない)』と叫んでいるところだろう。
何がともあれ、それくらい忍足はを想っているのだ。
他人が見たらさぞかし滑稽だと思うだろう。
どうも周りは彼を1人の女の子に執着するようなタイプだと思っていないらしいから。
彼のダブルスパートナー辺りならば『侑士、お前ってそーゆー奴だったのか?!』とコメントするに違いない。
(確率は90%以上だったりするから考えただけでもあまりいい気はしない)
しかし、そんなことはどうでもいい。
取りあえず、自分はが好きで、それが今は全てなのだ。
「それにしても…」
ベッドにもたれて本を読みながら忍足は呟いた。
「ちゃん、よう寝るなぁ〜。」
ベッドの上からはの寝息が聞こえていた。
あれだけ夕方に眠っていたにも関わらず、夕飯を済ませて一緒にTVを見ている内に彼女はまたぞろ意識を手放したのである。
…そういえば、一遍部活行く途中で、あいつが授業中に寝てたな言うてちゃんを怒ってたん見たことあるな。
家でちゃんと寝られへんのやろか?
せっかく引き止めたのに少々つまらない、と忍足は思ったがこれもまた『まあええわ』で済ませてしまった。
が自分を前に安心して幸せそうに眠っているのに、これ以上何を言うことがあるのか。
「ふぎっ…!」
忍足が静かに本のページをめくっていると、が寝ぼけて声を上げた。
さっきも良く似た声を上げていたので寝言だろう、と忍足は思って放っておいてやる。
が、
ギィッ ボフッ
背中にベッドからの震動を感じて彼はハッとして後ろを振り向いた。
「ちゃん…?」
忍足は呟いたが、すぐ辺りは静かになる。
気のせいやろか、と思って本に戻ろうとすると今度は低い呻きが聞こえて彼は慌ててベッドの上に這い上がった。
「ちゃん!?」
忍足は呼びかけた。
眠るが苦悶の表情を浮かべていた。
「や…」
「何や?どないした?!」
だが、は忍足の声が聞こえていないのか身を捩る。
「イヤアァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!!!!」
まともに聞けば鼓膜が破けそうな絶叫を上げては布団の中でジタバタし始めた。
「っ!!ちゃん!」
「イヤ、イヤだっ…あああっ!!」
「落ち着き、ちゃん!!」
忍足は急に暴れだした少女の体をギュッと抱きしめた。
「大丈夫やっ、俺がおるから!怖ないから、落ち着き!!」
それでもまだ夢(だろう、おそらく)の恐怖から逃れられないのか、は忍足の腕の中でなおももがく。
こら、アカン。
とうとう忍足は非常手段に出た。
強引にの両肩を掴んで思いっきり揺さぶったのだ。
「ちゃんっ、起きっ!」
揺さぶりながら忍足は半ば怒鳴るように言った。
必死で言ったのが聞いたのか、は急におとなしくなった。
そして、うっすらと目を開けて、彼女を心配そうに見つめる忍足を見た。
「あの…私…」
「えらいうなされてたで。」
「あ…」
はうなだれる。この少女のことだ、また迷惑をかけたとか何とかいらないことを考えているんだろう。
「そないしょげんでもええから。」
忍足は優しく言った。
「どないしたんや、怖い夢でも見たんか。」
尋ねれば、はコクンと肯く。
「家族が…死んだ時のこと…思い出して…特に妹が…目の前で…」
「もうええ、もうええから。」
言いながら泣き出したをそっと抱き寄せて忍足は言った。
「せやけど…いつもこんなんか?」
は黙ったまま首すら動かさない。
だがしかし、おそらくは忍足の言葉を肯定している。
「そうか、よしよし。大丈夫や、俺がおったるから、な?安心してもっぺん寝とき。疲れてるやろ。」
は肯いて目を閉じた。
なるほど、こんなんやとロクに寝られへんわなぁ。
そんな彼女を見ながら忍足は思った。
毎晩こないにうなされてんの、あいつは知ってるんかいな。
「よっと。」
忍足はを抱きしめたままベッドに寝転がる。
(この場合道徳的にどうかという疑問を差し挟んではいけない。)
「俺も寝よ。」
そのまま彼は伊達眼鏡を外すのも忘れて眠ってしまった。
そして忍足が目を覚ました次の日は彼が思ってた通り、休日である。
「ふあ〜あ、えらい長いこと寝てもうたな…今何時や?」
体を起こしながら部屋の時計を見てみる。
朝、と言っても結構遅い時間だった。しかし彼の両親と姉はまだ帰っていないようだ。
ええ御身分やな、と思いながら忍足は次に今日は晴れている窓の外を見る。
やがて、ううん、という小さな声と体にかかる重みで、彼は昨日自分が同級生の従妹を勝手に留め置いた上に
図々しくも―とは実は全然思ってなかったりするが―抱きしめて一緒に寝てしまったことを思い出した。
「あー、あいつが知ったら俺殺されるなぁ…」
口とは裏腹に顔は笑っている。いや、寧ろニヤついている。
まだ眠っているのあどけない顔を見て。
昨日あれほどうなされていたわりに、は大分落ち着いているようだ。
本当はもう少し寝顔を見たいところだったが、さすがにそういうわけに行かないので忍足はを起こしにかかった。
「ちゃん、起きや。」
「うー…」
は忍足の腕の中でモジモジする。
「うーとちゃうやろ、はよ起きんと自分が困るで。」
だが、は猶も眠ろうと体を丸めるばかりだ。
「ちゃん。」
よいしょ、とを自分の体から離しながら忍足は声をかけた。
「ふが〜…」
しかしは案外しぶとい。
「えー加減にせんと…」
忍足は言いかけると、玄関のインターホンが鳴った。
忍足が親が帰って来たのか、ヤバいな、と思いつつとりあえず玄関をドアを開けるとそこには彼の見知った顔
―それもすこぶる機嫌が悪いらしい―があった。
「よぉ、跡部。」
「よぉじゃねーぞ、この野郎。」
偉そうに立っているの従兄は眉間に皺を寄せた。
「てめえ、何ひとの親戚拉致監禁してやがる。」
「拉致監禁て人聞きの悪い奴やなー。雨ん中1人でウロウロして濡れてたから家に入れたっただけやんか。」
忍足は言って眼鏡を直す。
「せやけど、何の連絡も入れてへんのによぉここやってわかったな。」
「ふざけんな、どうせわざと入れなかった上ににも入れさせなかったんだろ。言っとくがに持たせてる携帯はGPSの位置検索システム付だ。
あいつがどこにいようがすぐわかんだよ。」
「やれやれ、監視付かいな。がんじがらめにされとるな、ちゃんは。」
忍足は思わずため息をつく。
「くだんねーこと言ってねーでさっさとを出せ。中にいんだろ。」
「断る。」
「ああ?」
の従兄の片眉がピクンと上がった。
「てめぇどこまでざけてやがんだ。」
「ふざけてへんわい、ロクにちゃんの面倒見てやらんと寂しい思いさせてる奴に渡したないだけや。」
勿論、跡部の眉間の皺は更に深くなる。
「あんだと?」
「何キレてんねん、事実やないか。」
ショワショワと瘴気を纏い始めた跡部を気にすることなく忍足は言葉を続けた。
「いっつもちゃんのこと見たらんと、怒ってばっかりで。あの子がどんだけ寂しい思いしてるんかも知らんくせに。」
「何言ってやがる…」
「ちゃん、言うてたで。寂しいんやって。生活は慣れへんし、学校でイジメられるし、保護者は全然姪を可愛がらへんし。
誰かに甘えたい時でも誰もおらんから辛いんやと。それやのに一番歳の近い従兄は全然それ知らんと…」
言いながら忍足は跡部の肩が震えているのを見た。
我ながらかなりタチの悪いことをしているのはわかっている。
しかし…ここで言ってやらなければ跡部は従妹をまた冷たく扱いかねない。
「お前、知ってるか。」
忍足は静かに、ポツリ、と呟いた。
「ちゃん、いっつも夜うなされてるん。」
「それが…どうした。」
多分、跡部は知らなかったものと思われる。
「昨日、晩えらいうなされててな、親と妹が死んだ時の夢見たんやと。聞いたら、いつもそないなってるって。
多分、毎日毎日それで寝られへんのやろ。」
忍足と跡部、2人の間に重い沈黙が流れた。
「なあ、跡部。」
先に沈黙を破ったのは忍足だった。
「約束してくれへんか。ちゃん、連れて帰るんやったら、帰ってからあの子を責めたりせぇへんって。」
の従兄は猶も黙ったままだった。
一体何を考えているのか、珍しく視線が下を向いている。
そんな跡部に忍足は更に言う。
「俺、ちゃんと付き合うことになってん。」
言った瞬間、跡部の顔つきが『何だって』と言いたげなものになったのがわかった。
が、構わずに忍足は続ける。
「俺は…あの子がホンマに好きや。せやから、あの子が寂しい思いしたり辛い思いしてるんは耐えられへん。だから…な?」
また2人の間に沈黙が流れる。
「チッ」
次に沈黙を破ったのは跡部の方だった。
「忍足。」
「何や?」
「俺は帰る。はてめぇが責任持って送れ。」
言っての従兄は忍足に背を向ける。
「跡部…お前実はシスコン系やったんやな。」
「ぶん殴られたくなかったらその口塞いどけ。」
「図星かい。」
は忍足と自分の従兄の間であったことなぞ知る由もなく目を覚ました。
「うーむ…」
上半身を起こしながら彼女はカリポリと頬を掻く。
「結局無断外泊しちゃったな〜、どうしよう…」
勿論、彼女の頭の中には『従兄に何と言われるだろう』という文字が点滅してたりする。
しかしやってしまったものは仕方がない。
忍足の姿がなかったので、は取りあえずベッドから出て―ついでにシーツや布団を綺麗に直して―1階へ降りた。
「ああちゃん、おはよー。」
下に降りると忍足が朝食の支度をしていた。
「よう寝てたなぁ。」
「あ…えーと…」
笑顔で言われては困惑する。
少々恥ずかしかった。
「まぁ座っとき。すぐ作るからな。」
「どうも…」
言われるままに椅子に腰掛ければまた腹がぐ〜きゅるるると鳴る。
どうも自分は昨日から醜態を晒しっ放しだな、と思いつつはボンヤリと食事の支度にかかっている忍足の背中を見つめた。
「ちゃん」
ふいに忍足が言った。
「アンタの従兄のことやったら心配せんでええで。」
いきなり気にしていたことを言われては危うく飛び上がるところだった。
忍足の方はそんなの様子に気づいているのかいないのか平然としている。
「ちゃんと話つけといたから、な。」
「スイマセン…何から何まで」
「ホンマちゃんは気ぃ遣いやな〜。好きでやってんねんからえーって。」
はだって…と口の中でモゴモゴと呟く。
「で、ちゃんどないする?」
忍足が言った。
「朝飯食うたらもうウチ帰るか?」
「ハイ…そうしようと思ってます…」
「そうか、ほな送ってくわ。」
「じゃあ…お願いします」
そして、はとっくの昔に乾いていた制服を纏い、忍足に連れられて帰宅した。
忍足が言ったとおり、従兄は彼女の朝帰りについて『遅かったな』と呟いたきり特にお小言も厭味も言わなかった。
伯父と伯母は姪が何をしていようが無関心なのでこっちもまあ、あまり気にするほどのことではないだろう。
おかしなことに忍足が『保護者の癖にどないやねん』とブツブツ言っていたが。
と忍足が付き合うことになった件に関しては従兄はかなり気に入らない様子ではあったが、
にしろ忍足にしろ元より譲る気はさらさなかったからこれも問題はない。
そういうワケでと忍足はその後もずっと一緒にいた。
学校に行く時も、帰る時も、休みのときも。
あんまりにも一緒にいるので周囲から冷やかしの的になったくらいだ。
(尤も、あまりうるさく言うとしまいに忍足が怒って相手をはたいていたが)
…ちなみには忍足に拾われたあの雨の日以降、昔の悪夢にうなされることもなくなったという。
終わり。
作者の後書き(戯言とも言う)
やっと完結した…。無理矢理臭い気もしないではないですが。
一体どういうことなんだろう、妹の薬取りに皮膚科行った時の待ち時間に続きを思いついたんですよ。
(多分その時高速でメモ帳に書き込んでいた私の姿はこの上なく怪しかったと思われる)
で、ついでに思い出したのは前編のシナリオを思いついたのもこの皮膚科で順番待ちしている時だったということなのですね。
うーむ、何でやろ。何かあるのか。
ところで撃鉄の書く忍足少年は喋りすぎな気が(^_^;)
それはともかくこんな文でも最後までお付き合いくださって有り難う御座いますm(__)m
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